テレセラピー体験談【第8回】 「山」 代表取締役 渡辺 愛

テレセラピー研究を通じて氏家五十六がめざしたもの

テレセラピー研究会の発起人でもあり、機器を現在の形にした故氏家五十六が自らも治療家としてめざしたものは、あらゆる病の治癒でした。

インドにてA.K バッタチャリア博士にお逢いし、直々に博士から「この宝石光線療法を日本で広め、病で苦しんでいる人の心身を健康へと導いてほしい」と言われたことが、日本でのテレセラピーのスタートでした。
バッタチャリア博士から譲り受けたテレセラピーの機器を持ち帰り、日本で最初に宝石光線療法をしたのは家畜の牛でした。
その牛は既に息も絶え絶えという状態だということだったので、バッタチャリア博士の手法を用いて宝石と照射時間をダウジングで決定し、紙に牛の名前、症状を書いてすぐに治療を開始しました。あまりにもそこまでの作業が簡単で見ていた私自身半信半疑でしたが、翌朝飼い主様から牛は力強く立ち上がり、餌を食べているとの電話を受け、衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えております。

その後も氏家は、器機のバーションアップを繰り返し、現在のテレセラピー4に至るまで機器の研究開発とともに、いろんな難病、奇病を宝石光線療法で治療してきました。
その中で、宝石光線療法についての考えを語ったことがありました。
それは、単に宝石を選び遠隔療法をするだけではなく、このテレセラピーの機器を通じて、「自己の心身の健康と霊性向上を図り、感性を磨くことを第一義とし、全ての病める人々に平安あれと祈ることこそが、宝石光線療法の真髄だ」、と。
また、氏家が話していたことで印象に残っていることがあります。

「私が日本を愛するのは、日本という国の素晴しさに加え、四季の中に日本人の心の原点があり、四季の織り成す大自然の御業に神を見出し、恐れ敬い、謙虚に、ひたすら謙虚に生きて行く、そんなことを気付かせてくれるからです」

「草木は春に芽吹き、夏に熟成し、秋には不朽の実をつけ、冬には土に帰ります。人は何をしようかで始まり、何をしたかという不朽の実を実らせ土に帰ります。それが何であれ、日本人の持つ霊性とは、おかげさまとありがとうの心が基盤。日本人の持つ気質には、そっと生きる、謙虚に生きる、生きているのではなく、生かされていると感じる感性、があります。
この感性は、誰の心にもあるものだと思います」
                         行雲流水 諸行無常 山 氏家五十六
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